いまから15年ほど前、まだ20世紀だったころに、田園都市線を使って大学へ通っていました。神奈川県の横浜から、東横線に乗って渋谷へ出て、田園都市線に乗り換えて、また西の方角へ少し戻る具合です。おなじ鉄道会社なので、遠回りになっても運賃が安く済み、おなじ経路で通っている学生がたくさんいました。一方で、長い通学時間を嫌って、田園都市線の賃貸アパートを探してひとり暮らしをする学生も多く、そういう人はたいてい、沿線をもっと西に行った、神奈川の川崎市あたりに暮らしていました。


大学のある駅をはさんで、自宅から通う人は東の渋谷方面から、ひとり暮らしの学生は西の二子玉川駅方向から、それぞれ通ってきていました。田園都市線の賃貸物件のお家賃は、いまはどうなっているかよく知りませんが、二子玉川から先の多摩川を渡ると、いきなり下がり始めると聞いていました。なので、庶民ばかりのぼくのともだちは、ひとり暮らしの住所がみんな川崎市。毎日大学に通うのに県境を越えていくのは、ぼくのような実家組とじつはおなじで、やはり東京の一等地に暮らすのは大変なことだったわけです。


大学生のころは、ぼくにともだちに、それぞれ田園都市線の賃貸アパートを行き来して、渋谷や新宿にも出かけていって、東京での大学生活を満喫していました。それが、卒業してみると、仲間うちでだれひとり、田園都市線の沿線に残っていません。仕事を持ち、家庭を持って、実家の親が気になる年になってくると、東京では江東区とか足立区、だいたいは埼玉や千葉の、郊外都市に移り住んでいるんです。かりそめでも、都心を4年間体験して、ある意味満足している面があって、あえてお金のかかるところには目が向かない、そんな意識があるんじゃないかと感じています。

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